クラリネットを15歳で始める。
高校入学時、OBのクラリネット奏者に福島伸夫(敬称略)が教えにきてくださっていて、大変お世話になりました。
のち磯部周平に師事。
尚美音楽短期大学に入学。大橋幸夫に師事。
2年時に受けたコンクールで審査員としていた大橋幸夫に、大阪から審査に来ていた方が、(私の演奏後) 『あの背の高いこは、東京のこかねー。ハートがあってすごくよかった。あれで音が良ければ(当時私は音が悪かった)楽々1次ぐらい通るのにねー』 といっていたと、話されました。
マウスピースをかえて大きく音が変わり、学内のコンクール、管打楽器3位ながらも、演奏終了後に会った友人すべての人から、「よかった」と。又知らない人からまでも同様に声をかけられる。
卒業試験の後には、サックスの友人から「(サックスの)先生が、(私のことを) 『日本人離れした大きな音だ、このまま育てばいいソリストになる。』 といっていたよ」と教えられる。
卒業演奏会に出演、ピアノも副科ピアノ最高点。
一部学費免除をうけ、尚美学園の研究科(大学3.4年)に進学。ディプロマコース(大学を卒業した人がさらに勉強する所)の先生である横川晴児に師事。
学校の吹奏楽でEsクラリネットを吹いていたとき、エキストラで来ていた、芸大卒業のオーボエの先輩に 「こんなにうまいEsクラは芸大にもいなかった」 といわれる。
尚美学園のディプロマコースに進学。ファゴットの中川良平に室内楽を教わる。
先輩が 「うまくなったから可愛がっているのか、可愛いがられているからうまくなったのかわからないけれど、(横川)先生が、(私を)とても可愛いがっている。」 ということを知り合いのクラリネット奏者にいってくれたり、いろいろな先輩から直接、 「可愛いがられている」 という話しをされるようになりました。
また、仕事先で 「今日は強力な助っ人が来てくれた」「横川君の弟子は、どうしてみんなうまいの?」 などと聞かれることもあり、自信となりました。
独学で作曲や、ジャズ理論などを勉強し、自ら編曲した曲による演奏活動を始める。